【ヘアメイクの歴史】文明開化とヘアメイク

江戸時代が終わり明治政府が発足すると、近代化(≒西洋化)が進みました。
政府が進めた西洋化の対象にはヘアスタイルやメイクアップも含まれていました

江戸時代まで続いていた眉剃りやお歯黒などの風習が否定され、西洋のヘアメイクが導入された時期が明治時代です。

表紙は「歌川広重『東京名所之内 銀座通煉瓦造 鉄道馬車往復図』(1882年)」<WIKIMEDIA COMMONS>

目次

ヘアスタイル 〜和髪から和洋折衷スタイルへ〜

出典:「楊洲周延『貴顕舞踏の略図』(1888年)」WIKIBOOKS

いわゆる上流階級の女性に洋装が浸透していくに従い、ヘアスタイルも和髪に洋風テイストを取り入れた束髪(そくはつ)が生まれます。
束髪とは、髪を一まとめにするヘアスタイルで、「夜会巻」も代表的な束髪です。

メイクアップ 〜眉剃りやお歯黒の否定〜

眉剃りやお歯黒は、西洋人からしてみればかなり異質で理解が難しいものでした。
西洋化を積極的に進める政府も、これらのメイク文化を変えようとします。
その結果、お歯黒の風習はなくなり、眉も自眉で太いものが流行したと言われています。

まとめ

国の舵取り役が江戸幕府から明治政府に移り、社会の様子が大きく変わっていったのが明治時代です。
新たな文化が取り入れられ、当時は和と洋が混在する社会だったことが想像できます。
ヘアメイクもそれまでの和のスタイルが一変していく、大きな節目の時代でした。

参考資料:
化粧の日本史 美意識の移り変わり 山村博美
化粧をせずには生きられない人間の歴史 石田かおり著
WIKIMEDIA COMMONS

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